強迫的性行動症

強迫的性行動症(CSBD: Compulsive Sexual Behaviour Disorder)の「診断基準」の詳細 — 特に、世界保健機関(World Health Organization, WHO)が定めた国際疾病分類第11版(ICD-11)に基づく基準 — を解説します。どこまでが「診断可能な病的状態か」を見極めるための「枠組み」です。


CSBDとは

  • CSBD は、2019年にICD-11で正式に認められた診断名で、「衝動制御障害(Impulse Control Disorders)」に分類されています。(AFPBB News)
  • 過去に「性依存症(sex addiction)」や「ハイパーセクシュアル障害 (hypersexual disorder)」などの名称が非公式に使われてきましたが、ICD-11では「CSBD」が公式名称として採用されています。
  • CSBD の診断は、「性欲が強い」「性的行動が活発」なことだけでは認められず、「持続的かつ制御不能」「本人・社会に害や苦痛を及ぼす」など、一定の条件を満たす必要があります。(The Reward Foundation)

 ICD-11における診断基準 — 必須条件 (Essential features)

ICD-11(およびこれを引用する臨床ガイドライン)では、CSBD の診断には以下の主要条件が必要とされています。(PMC)

  1. 強く、繰り返される性的衝動または欲求 — かつ、それを制御できない
    そしてそれが 繰り返しの性的行動につながっている状態。
    具体的には、以下のような形で現れることがあります。(wfsbp.org)

    • 性的行動 (自慰・性的接触など) が、 本人の生活や日常活動、健康、身だしなみ、その他の責任 (仕事・学業・家庭など) を犠牲にして 中心的な位置を占める。(PMC)
    • 性的行動を減らそうと 何度も試みたが失敗 する。(PMC)
    • 性的行動を続けても、関係破綻、仕事上の問題、健康被害などの悪影響があってもやめられない。(PMC)
    • 時には、性的行動から 満足感や快楽をほとんど、またはまったく得られないのに それを繰り返してしまう。(PMC)
  2. このパターンが「長期間 (extended period) 継続」している
    目安として 6か月以上 続いていること。
  3. 重大な苦痛 (distress) または機能障害 (impairment) を引き起こしている
    個人の健康、家族関係、社会関係、仕事、学業、その他重要な生活領域において、支障または障害があること。
    — ただし、重要なポイントとして、「道徳的/宗教的/倫理的な非難や罪悪感だけ」が理由の苦痛では不十分とされています (これのみでは診断できない) 。

除外・注意されるべき点

CSBD を診断するにあたっては、以下のような状況があれば 診断を除外または慎重に判断すべきとされています。(PMC)

  • 性的衝動/行動の制御不能が、他の神経認知疾患(例えば認知症など)によるものと考えられる場合。(PMC)
  • 精神活性物質(薬物、アルコール、違法薬物など)の直接的な影響 — たとえば、使用によって抑制が外れて性的行動が亢進しているケース。(PMC)
  • 性的指向、性的趣向 (フェティシズム、多様な性表現)、あるいは多数のパートナーを持つなど、合意かつ自発的な性行動であって、上記の「制御不能・機能障害・持続性」がない場合 — これらは正常な性のバリエーションとみなされ、CSBD とは区別されます。

なぜ「快楽が得られない/満足感が薄い」ことが重要か

一般に「衝動制御障害 (Impulse Control Disorder)」とされる行動の多くは、「行為そのものが報酬 (快楽)」であることが推定要素となります。しかし、CSBD の診断基準では、しばしば 性的行為に満足感が得られなくなっている (あるいは最初から満足感が薄い) ことを明示しています。(PMC)

これは、「単なる快楽追求/快感重視」ではなく、「制御不能かつ不快または無感覚さえ伴う繰り返し」という“強迫性 (compulsivity)” を重視するという考え方を反映しています。言い換えれば、CSBD では「性的行為をやりたいからやる」のではなく、「やらずにはいられない/やめられない」という衝動性が中心とされる、ということです。


臨床や研究での議論・注意点

  • 一部の研究者や臨床家は、「CSBD の診断基準はあいまい」「正常な性欲や性的バリエーションを病理化するリスクがある」と指摘しています。特に「高頻度の性行動や多くのパートナー数 = 悪」という価値判断 (道徳性) が入り込みやすい点。(OUP Academic)
  • また、過去に提案された “過剰性欲/性的中毒 (hypersexual disorder / sex addiction)” の診断基準 (例:感情・ストレスのコーピングとして性行動を使う) は、CSBD の基準では採用されていません。これは、CSBD があくまで「衝動制御の障害」と位置づけられているからです。(PubMed)
  • CSBD の人たちは、他の精神疾患 (例:うつ病、物質使用障害、人格障害など) を併発しているケースが多い、という報告があります。したがって、診断・治療には慎重な鑑別が求められます。(Bibgraph(ビブグラフ))

なぜこのような厳格な基準になったのか

  • 性欲や性的行動には、「個人差」「文化・社会の規範」「価値観」「個人の性の自由」が大きく関わるため、単に「頻度が多い/パートナーが多い」などで病気とみなすと、性的少数派や多様な性表現を不当に病理化する危険があります。これを防ぐため、ICD-11 では「制御不能・持続性・機能障害または苦痛」を重視しました。(NCOSE)
  • また、性的行動の本質が「快楽/報酬」なのか、「強迫/衝動」なのかを慎重に分けるため、たとえ報酬 (快楽) を目的としていたとしても、満足感が得られていない場合には「行為の強迫性」が問題とされる、という枠組みが取られました。(PMC)

実際に診断されるには — 臨床での注意点

  • 医師やセラピストは、患者の性行動の頻度や内容だけでなく、その行動が本人・社会にどのような影響 (関係、人間関係、仕事、健康、感情・精神状態) を与えているかを慎重に評価する。
  • また、薬物使用、他の精神疾患、神経疾患、薬の副作用などが原因として除外できるかを確認する。
  • 単なる「性的嗜好の多様性」や「性欲が強い」だけでは CSBD とは診断されない。

まとめ:CSBD の診断は「性欲の強さ」ではなく「制御不能 + 継続 + 害/苦痛」が鍵

  • CSBDは「衝動制御障害」としてICD-11に正式収載された。(AFPBB News)
  • 診断には、「激しい性的衝動や欲求をコントロールできず、繰り返し性的行動をする」、「6か月以上継続」、「生活や健康、人間関係、仕事などに重大な支障や苦痛をきたす」といった明確な条件がある。(PMC)
  • 逆に、頻度が高いだけ、性的嗜好が多様なだけ、あるいは「モラル的な罪悪感」だけでは診断対象にならない。(JHO)
  • 診断・治療には慎重な評価 (鑑別診断)、および専門の性医学・精神医療の知識が求められる。(OUP Academic)