双極性障害の躁状態について
双極性障害の躁状態(Manic Episode)について、医学的視点からわかりやすく解説します。躁状態は「ただ元気がある」こととは根本的に異なり、脳内の神経化学的異常が引き起こす病的な多幸感・行動変化が特徴です。
1|双極性障害の躁状態とは何か
双極性障害(Bipolar Disorder)は、気分が「うつ」と「躁」の両極端を周期的に行き来する気分障害です。
- うつ状態:気分の落ち込み、無気力、自己否定
- 躁状態:異常な気分の高揚、過活動、衝動行動
特に躁状態(manic episode)は、脳が「アクセル全開」になった状態であり、本人にとっては気持ちよく、周囲には危険な行動として表れます。
2|躁状態の代表的症状
DSM-5に基づく典型的な症状は以下の通りです:
● 気分・意欲の異常
- 異常な高揚感または易怒性
- 睡眠が少なくても疲れない
- 自信過剰、万能感(「何でもできる」感覚)
● 思考・認知の異常
- 思考が次々に浮かぶ(観念奔逸)
- 早口、多弁、話が止まらない
- 誇大的妄想(特別な能力、使命感)
● 行動・意思決定の変化
- 金銭浪費、投資やギャンブル
- 衝動的な性行動
- ハイリスク行動(運転、薬物、犯罪)
- 社会問題・対人トラブル
本人は「最高に調子が良い」と感じており、病識(自分が病気であるという認識)が消失します。
3|脳科学から見た躁状態の仕組み
躁状態は「気分の高さ」ではなく神経伝達物質の暴走で起こります。
● 主に関わる脳内化学物質
- ドーパミン増加:快楽、報酬追求、衝動
- ノルアドレナリン増加:覚醒、行動活性
- グルタミン酸増加:興奮性神経伝達
- セロトニン調整不全:感情のコントロール低下
特にドーパミン報酬系の過活性は、
「刺激 → 快感 → さらに刺激欲求」というループ
を引き起こし、リスクの高い行動を増加させます。
4|性行動との関係(重要ポイント)
躁状態では性欲の異常亢進が非常に特徴的です。
■ なぜ性行動が増えるのか
メカニズムは以下:
- ドーパミン過剰 → 性行動が強い報酬として知覚
- 抑制機能低下(前頭前皮質) → 行動抑えられない
- リスク評価能力低下 → 相手や状況を選べない
- 多幸感・万能感 → 性的魅力誇大
- 睡眠不足 →昂揚感と衝動性が増幅
そのため、
- 不特定多数との性行動
- SNSやマッチングアプリの乱用
- 性風俗利用
- 性感染症のリスク増加
などが臨床現場で頻繁に観察されます。
この性欲亢進はCSBD(強迫性性的行動症)と重なって見える場合もありますが、躁状態では気分エピソードの一部として出現する点が重要な鑑別ポイントです。
5|躁状態が危険とされる理由
本人は「幸せで健康な状態」だと感じていますが、実際には危険が大きい:
- 大きな借金・破産
- 不倫・離婚など対人トラブル
- 性感染症
- 事件・事故・犯罪
- 社会的信用の喪失
- 行為後の後悔による自殺念慮
- 躁状態の反動で重度うつ状態に移行
躁状態の後はしばしば深い抑うつ期に移行するため、精神科では非常に慎重に扱います。
6|診断基準(DSM-5の要点)
少なくとも1週間以上、以下の症状(7項目中3項目以上)が存在し、社会・仕事に重大な障害を与えること:
- 気分の異常な高揚
- 自尊心の増大(誇大)
- 睡眠欲求の減少
- 多弁、話が止まらない
- 観念奔逸、思考が飛ぶ
- 注意散漫
- 快楽行動への過度な没入
※衝動的な性行動・浪費・危険行動は重要な診断項目です。
7|治療の考え方
躁状態は自力で治すことはほぼ不可能であり、医療介入が必要です:
● 治療の基本
- 気分安定薬(リチウム、バルプロ酸)
- 非定型抗精神病薬(オランザピン、クエチアピン)
- 睡眠管理
- 環境調整(刺激を減らす)
- 社会的サポート
抗うつ薬単剤は躁転を引き起こす危険があるため、原則避けられます。
8|自覚しづらい病理と家族サポート
躁状態では多くの場合、
「私は元気で創造的」
「周りが私を抑え込もうとしている」
と感じるため、治療拒否が問題になります。
そのため、
- 家族の観察
- 社会的サポート
- 医師との連携
が非常に重要です。
9|うつ・ハイパーセクシュアリティの誤解
躁状態の性行動は、
- 単なる性欲旺盛
- 性依存症
ではなく病的行動です。
躁が終わると本人は深い後悔や罪悪感に苦しむことが多いため、本人の人格ではなく病気の症状として捉えることが極めて重要です。
10|CSBD(強迫性性的行動症)との鑑別について
混同されやすいですが、以下の差があります:
| 項目 | 躁状態の性行動 | CSBD |
|---|---|---|
| 原因 | 気分エピソード | 行動制御障害 |
| 気分 | 異常な高揚 | 平常〜不安 |
| 薬物療法 | 気分安定薬 | SSRIs等 |
| 持続 | エピソード性 | 慢性 |
| 衝動 | 極端に強い | 強いが波がある |
躁状態はうつ転への移行が特徴で、CSBDは慢性的反復行動が特徴です。
まとめ(専門的要点)
- 躁状態は脳内化学物質の暴走による「病的高揚」
- ドーパミン報酬系過活性が衝動・性行動を増加
- 睡眠低下、抑制機能低下、誇大型思考が合わさると危険
- 性依存症やCSBDとは鑑別が必要
- 薬物治療が中心で、自己対処は困難
- うつ転移によるリスクが大きい








